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近年、度重なる残業や出張、強いストレスなどの働き過ぎが原因で、うつ病などの精神障害を発症してしまうケースや、自殺に至るケースが増加しています。
かつては労災保険法で「労働者が故意に負傷、疾病、障害もしくは死亡またはその直接の原因となった事故を生じさせたときは、政府は保険給付を行わない」(12条の2の2第1項)と規定され給付制限されていたために、過労自殺はなかなか労災給付が認められませんでした。
しかし労働環境は経済情勢の悪化により過労自殺と思われるケースが増えてきて社会問題として注目されてきたことを受けて、過労自殺を業務災害と認めるケースが増えてきました。
1.過労自殺とは
過労自殺とは、残業や出張が続いたり、職場の強いストレスなど、いわゆる働き過ぎが原因でうつ病などの精神疾患を発症し、死に至ることをいいます。
過労自殺が「仕事が原因で生じた」と認められる場合には労災となります。
労災が認定されると、生前の年収のおよそ55%が年金として支給されるほか、一時金として300万円、葬祭料(およそ給料の2か月分)が支給されます。
(1) 過労自殺の判例
労働者が働き過ぎを原因として精神障害に罹患して自殺するケースは、年々増加傾向にあり、会社に対する損害賠償請求するケースも増えています。
ここではそのうちの代表的な事例として、平成12年の電通事件という著名な判例についてご紹介します。
① 電通事件(平成12年3月24日 最高裁判決)
平成27年12月に「電通」の新入社員だった高橋まつりさん(当時24歳)が自殺したのは、当時長時間労働による過労が原因だったとして、労災認定され、法外な長時間労働を強要したとし、電通と高橋さんの当時の上司が書類送検された事件は記憶に新しいところです。
しかし平成12年にも電通では、うつ病になり過労自殺に追い込まれた事案があったのです。
この事件では、電通のラジオ関係の部署に配属された入社して2年目の社員Aが、長時間労働のためにうつ病になって自殺に追い込まれたとう事案です。
控訴審では、この社員のうつ病親和性なども自殺の原因だったとして、過失相殺の規定を類推し、損害額の30%を減額しましたが、最高裁では損害額の減額について、次のように判示しました。
* 会社に雇用される労働者の性格がそれぞれであることは、あたり前である。
* その性格や業務に基づく業務遂行の太陽が、業務の過重性に起因し、て労働者に損害が生じたとしたら、それは会社としては予想すべきであるし、配属先や業務の内容を決める場合には、労働者の性格を考慮することができるはずである。
* 以上から、労働者の性格が、際立って範囲を外れるものでない場合には、会社が賠償すべき額を決定する時に、労働者の性格や業務遂行の態様を、心意的要因として斟酌(しんしゃく)すべきではない。
そして、損害額の30%を減額した高裁の判決は破棄されて、高裁で和解が成立しました。この時の和解金は1億6,800万円という高額なものになりました。
(2) 過労自殺の新認定基準
前述した通り、これまで精神障害や過労自殺は、労災と認定されるケースがほとんどありませんでしたが、近年、仕事に関係した精神障害についての労災請求が増えたことを受け、厚生労働省では、平成23年12月に「心理的負荷による精神障害の認定基準」(以下「認定基準」)を新たに定め、これに基づいて労災認定を行うことにしました。
新認定基準は、従来の判断基準を廃止して改めたではありますが、全面的に修正されたというわけではなく、かなりの部分について判断内容が引き継がれています。
ここでは、精神障害や過労自殺の労災認定要件などの新認定基準に沿って、精神障害の労災認定要件についてご紹介します。
2. 過労自殺の新認定基準
まず、要件は次の3つであることは、旧判断指針と変わりません。
- 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
- 認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
- 業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと
(1) 対象となる疾病
認定基準の対象となる精神障害かどうかについては、対象疾病の内容が変更になりました。
ただし自殺について、F0~F4に分類される精神障害を発症したと認められるものが自殺した場合には、「精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態に陥った者と推定し、業務起因性を認める」とされています。
(2) 特別な出来事
業務による心理的負荷が強かったかどうかについては、6か月間の業務による心理的負荷評価表でチェックし、強・中・弱に区分します。
この特別な出来事について、新認定基準では、極度の長時間労働を「月160時間程度の時間外労働」と明示するなど分かりやすくなりました。
(3) 業務による心理的負荷評価表
業務による心理的負荷の評価の方法は、出来事と出来事の後を一括して総合評価します。複数の出来事が関連して生じた場合、1つの出来事として評価します。
たとえば長時間労働については以下のように評価します。
◆「特別な出来事」としての「極度の長時間労働」
「特別な出来事」としての「極度の長時間労働」があったと評価するかどうかは、発病直前の極めて長い労働時間を軸として評価します。
以下の場合には、強・中・弱の「強」に当たると評価されます。
* 発病直前の1か月におおむね160時間以上の時間外労働を行った場合
* 発病直前の3週間におおむね120時間以上の時間外労働を行った場合
◆「出来事」としての長時間労働
発病前の1か月から3か月間の長時間労働を出来事として評価します。
以下の場合には、強・中・弱の「強」に当たると評価されます。
* 発病直前の2か月間連続して1月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行った場合
* 発病直前の3か月間連続して1月当たりおおむね100時間以上の時間外労働を行った場合
◆他の出来事と関連した長時間労働
出来事が発生した前や後に恒常的な長時間労働(月100時間程度の時間外労働)があっ
た場合、心理的負荷の強度を修正する要素として評価します。
以下の場合には、強・中・弱の「強」に当たると評価されます。
・転勤して新たな業務に従事し、その後月100時間程度の時間外労働を行った場合
(4) 評価期間
評価期間は、判断指針では、発病6か月前としていましたが、新認定基準では、セクハラやパワハラが継続している場合には、6か月に限定しないこととしました。
(5) 複数の出来事の場合の強度
複数の出来事の場合の強度について、新認定基準では、原則的な評価方法を以下のように示しました。
強+中または弱→強
中+中→強または中
中+弱→中
弱+弱→弱
(6) 発病後の増悪の場合
新認定基準では、すでに発病後であっても特に強い心理的負荷で、その疾患が悪化したと認められる場合には、労災補償の対象とすることとしました。
3. 過労自殺・精神疾患になった時
仕事が原因でうつ病などの精神疾患を発症した場合には、労災申請することができますし、会社に対して慰謝料を請求することができます。
(1) 労災申請
会社側は過労自殺・精神疾患を「仕事が原因」と認めないケースもあります。
その場合には、仕事が原因の過労自殺・精神疾患であることを示す事実が必要です。
なお労災申請自体は会社の協力がなくても、労働基準監督署で申請することができますが、労働基準監督署の判断に任せておくだけでは、納得のいく認定がされない可能性もありますので、労災問題に詳しい弁護士に並行して相談するとよいでしょう。
(2) 会社への慰謝料請求
仕事が原因で過労自殺に至ったり、精神疾患を発症した場合には、逸失利益や慰謝料などを請求できる場合があります。
弁護士が介入し会社と交渉することで、会社と折り合いがつくケースがほとんどですが、もし会社と折り合いがつかなければ労働審判や訴訟などの裁判手続きを利用することも検討しましょう。
その際に備えて、疾病を発症した当時の勤務状態が分かる資料や、労働者のつけていた日記やメモ、会社の安全管理に対する取り組みがわかる資料や就業規則など、必要となる証拠は早めに入手・準備しておくようにしましょう。